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大抵のヒトはここで、
「ちょっと見てみたけどわけわかんなかった」 「別に何がすごいのかさっぱり」 「僕には関係ないや」 「エロい写真はよかった」
という感想しか出てこないと思います。
"自分の中の「何か」と対話できるツールだと思う。
革新的な情報収集ツール「tumblr」をやってみるべし(CROSSBREED クロスブリード!) (via otsune) (via kondot) (via gkojax) (via ckeiskei) (via nemoi) (via oharico)
といって人と話すことが増えた。
話せる内容が増えたのだと思う。僕はとうにテレビを見ない。実家を飛び出してからここ4年くらい見てない。マスコミ不信とかではなくて、もともと僕はそんなに人間を信じてもいなければ疑ってもいない。ただ買ってまで見なくても、知りたいことをパソコンで調べれば充分だった。
Twitterと同じで、その情報がどこかの誰かのIDによってフィルタされたものだということに、僕は価値を感じる。テレビも基本的にはそうなんだけど、テレビはみんなみてるから結構その話題が知られているような錯覚がある。
ああ、わたしも同じ番組見てたよ、みたいな。
それはそれでいいんだけど、どうせなら知らないことを、知ってることだとしても、その話題により興味を誘うような話し方をしたいなと思う。相手にもそれを望む。たとえそれが偏見に充ちたメード喫茶の話題だとしても、だ。
とりとめのないおしゃべりも同じくらい好きなんだけれど、僕は割と子供のころから刺激的な会話を望んでいる。今は相手をちゃんと選ぶ、ということをやっと覚えたところ。
絵の話になるけど、いつも見てます、あなたの絵が好きですとか言うために即売会イベントに行く。かつて売る側だったこともあって、ああいうことを言いに来る人って、妙に気持ち悪かったり、ひどくうれしかったり様々なんだけども、僕は言われるのがすごく恥ずかしいのに、他人にはあえて言いに行く。あなたのつくったものが好きだと、伝えたくなる。多分気持ち悪い。
tumblr経由が最近は多くって、だから誰かに無断で引用(転載)された画像からファンになって、直接本を買いに行くってことになってる。でも、こういう探し方もある。
誰かの”好き”から伝染してる。もしかしたら、嫌いな気持ち、嫉妬もあるかも知れないね。それでもいい。誰かの関心の結果に起因してる。それと出会った自分の反応が、購入に繋がってる。探し方のひとつとしてアリだと思う。ランキングを参考にするよか効率は良い。
そういえば、インターネットだから、ウェブだから、tumblrだから、Twitterだから、だからすごい! みたいな論説をその界隈の職業の人が熱心に言っているのをたまにみる。
でもそれってあんまり関係ない気がしてる。新しいメディアに関わってるって自信を誰かに裏付けしてほしくてそんな言い方をするのかなとすら思える。わざわざ。
自分のお気に入りを人にそれとなく伝える、それを気軽に行えることはとてつもなくすばらしい。時には、気にくわないってことも無言で伝えられる。ちょっとした一言や、あるいはそこから小さな議論が発生して、情報が変容する。もしかそれは全部嘘かも知れない。でもそれがいい。知りたいな、と思ったら自分でちゃんと調べるから。
僕は10年もインターネットを利用していないけど、こんなに寡黙でいて饒舌な、多様な感情を味わえる時間を知らない。
だけどそんなこと、今から友達に直接会って出来ることじゃないか。それをコンピューター技術が便利にした。友達じゃない人にだって、それとなく伝わっていく。すばらしいのはこの気持ちもセットなんだ。
当たり前のことだけど、忘れがちだった。忘れたら思い出すようにしよう。
とりあえず、Reblog.
自分のお気に入りを人にそれとなく伝える、それを気軽に行えることはとてつもなくすばらしい。時には、気にくわないってことも無言で伝えられる。ちょっと した一言や、あるいはそこから小さな議論が発生して、情報が変容する。もしかそれは全部嘘かも知れない。でもそれがいい。知りたいな、と思ったら自分で ちゃんと調べるから。
tumblrを作れなかったクリエイターはいっぱいいると思う.
例えばボクが,tumblrの開発に関わっていたとしたら「FriendのFriendを見えるようにしよう」とか,「それぞれのポストをタグで分類できるようにしよう」とか,「コメントを付けられるようにしよう」「トラックバックを打てるようにしよう」とか言い出して,いかにもWebのことをよく知っていますよ的な態度でtumblrをtumblrじゃない既存の概念に落としてしまっていたんじゃないかと思う.
これを考えると怖くなる.そうしてできあがったものは,ブログなのかソーシャルブックマークなのかSNSなのかは知らないけれど,とにかく「見たことがあるもの」なんだろう.
"共感しました。
自らの言葉で自己を表現するTumblrは少なく、多くのアカウントが他所からの引用でその有様を表現しています
Blogからの切り貼りや誰かが引用したpostのreblogや
そういったpostが黙々と積み重なり全体としてアカウントの存在価値を形成しています
しかし、postにコメントが添えられることは少なく果たしてそのentryがどういった意味でpostされたのかreblogされたのか
同意なのか、共感なのか、はたまた嘲りなのか判然としません
これは受け手側からするとなかなか厄介な話で、アカウントが一体全体何を考えてentryを重ねているのか推測に頼らざるを得ないわけです
情報の妥当性の検証もなく脊髄反射されたpostがreblogに次ぐreblogを呼び収拾が付かなくなる、なんてことはよくある話です
これがblogなどの場合は、blog主の明確なミスとして突っ込みがいれられ、まぁ赤っ恥的な事態で「顔真っ赤だぞ、涙吹けよ」的なオチで収まるわけですが
ことtumblrではそもそもアカウントがreblogした趣旨が全く明確でないわけで、つまり責任を何ら負うことから解放されています
アカウント主が釣られてreblogしたとしても、それは晒し上げなんだよね、的な後だしジャンケンがまかり通ってしまうわけです
故にtumblrのアカウント主は表現の責任を負うことなくもうやりたい放題というかreblogしたい放題
これは自己表現の場といて信頼性は皆無といっていいでしょう
そういった意味でtumblrは責任を負わことなく表現する何とも都合の良いプラットフォーム足り得ますが、信頼性が欠如するが故に本当に価値のある表現の場となることは難しいかなとも思えるわけです
やはり表現に価値を持たせるか否かは表現者の有様に負うところが全てな訳ですから、アカウント主は少なくとも自己のtumblrの正当価値を主張するのであれば信頼に値する情報の積み重ねに尽力すべきだと思います
タグ付けめんどくさいんだよな。
多数のユーザがReBlogするという行為が,上と下だけの単純構造のDashboardに同じネタを何度も遡上させ,それがサービス接触頻度がまちまちなユーザを巻き込んでいく。ReBlogは「場をざわつかせる」のです。
そして一番すごいところは,他ユーザのポストをピン留め(ReBlog)するという“エゴ益”アクションが,そのまま相手への「返礼」や「報酬」になっていること。「一個人の宝物」集めが,同時に他ユーザへの「目くばせ」程度の経済的な挨拶になっていることです。
それは,ソーシャルな場に参加するユーザなら当然もっている「他者からの承認」という欲求を叶えることになるのです。
最近,「クラウドソーシング」や「ゲーム内労働」など,ネットユーザの自律分散活動をサービスに取り込もうというアプローチが本格化しつつあります。そこで実現すべきエコシステムを考えるうえでも,ReBlogという仕掛けは示唆に富んでいると思います。
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